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岡山地方裁判所 昭和52年(わ)88号 判決

主文

被告人両名はいずれも無罪。

理由

(本件公訴事実の要旨)

本件公訴事実の要旨は、「被告人両名は、昭和五二年二月一一日、岡山県勝田郡奈義町内において実施された日本原婦人会等主催の『日本原演習場反対、紀元節反対』を標ぼうする集団示威行進に、ほか約八五〇名とともに参加したものであるが、被告らのてい団が所轄勝英警察署長の付した道路使用許可条件に違反してだ行進等を繰り返したところ、同日午後四時五六分ころ、同町滝本一、五二三の一一番地付近国道五三号線道路上において、

第一  被告人鵜野吉雄は、右集団の規制並びに道路交通法違反容疑者の検挙の任務に従事していた岡山県警察本部機動隊所属巡査小椋賢二(当二三年)に対し、所携の旗竿で、同人のヘルメツトを着用した頭部を一回殴打して暴行を加え、もつて同巡査の公務の執行を妨害し

第二  被告人江川郁夫は、前同様の任務に従事していた岡山県警察本部機動隊所属巡査富田啓之(当二一年)に対し、所携の旗竿の先端部で同人の上腹部を一回突き、もつて同巡査の公務の執行を妨害し

たものである。」というものである。

(弁護人の主張)〈省略〉

(当裁判所の判断)

一(本件集団示威行進の概況とこれに対する警備及び規制状況、被告人らの逮捕に至るまでの経過)

〈証拠〉を総合すると次の各事実を認めることができる。

1  昭和五二年二月七日、岡山県勝英警察署長は、申請者を日本原婦人の会、日本原青年反対同盟代表者鎌田孝幸とし、日本原演習場反対、紀元節反対の示威行進を目的とする岡山県勝田郡奈義町豊沢から国道五三号線を西進して自衛隊西正門に至る約三キロメートルの区間の道路使用許可申請書を受理し、同月九日、行進最終地点を約九〇メートル西へ延長するなど六項目からなる条件を付して右申請を許可した。〈中略〉

2  同月一一日午後四時前ころから右集団示威行進が開始されたが、右行進には先頭から地元農民約一〇名、「日本原婦人の会」三〇ないし四〇名、「プロ青同」約一〇〇名、「岡大部落解放研」約五〇名、「革労協」約二〇〇名、「日本労働党」約一〇〇名、「中革派」約三五〇名の順にそれぞれのてい団を編成して参加し、概ね四列縦隊を組んで国道五三号線道路左側部分を行進した。

右「プロ青同」のてい団約一〇〇名は、いずれも赤ヘルメツトにタオルの覆面またはマスクを着用し、そのうち約四〇名は、いわゆる「旗持ち隊」として各自旗のついた長い竹竿を持つてこれをまつ直に立て、それぞれの前後左右に一メートル前後の間隔をとつて同てい団の先頭に立ち、同てい団の残りの者は、その先頭の四名位が横に並んでその幅に等しい位の一本の棒を腰の辺りに横にわたして掴み、その後にほぼ四列縦隊になつて体を密着させ、あるいは踵を接するようにして、旗持ち隊から約一メートル、時としては数メートル離れて行進していたが、右「プロ青同」に所属する被告人鵜野は身の丈程の指揮棒を持つて右旗持ち隊の前部付近で同隊の行進を指揮し、同じく被告人江川は先端に赤い旗をつけた長さ四メートル位の竹竿を持つて右旗持ち隊の後部付近に位置して行進していたものである。(なお、以下においては、「プロ青同」てい団のうち、旗持ち隊を除くその余の者の隊列を単に「後続隊」という)

3  本件集団示威行進に対して、岡山県警は県内各署の警官約五四七名、県外からの応援警官三〇〇ないし四〇〇名の合計九〇〇名前後の警官をもつてその警備にあたつていたが、右県内勢警官隊である妻鹿大隊に所属する宇野中隊(総員約六〇名)及び渡辺中隊(同六四名)が前記「プロ青同」てい団の警備、規制を担当し、右妻鹿大隊副隊長でありかつ宇野中隊中隊長である宇野信行警部(当時)の指揮のもとに、道路右側(概ね歩道上)を右てい団と並進して警備にあたつていた。

なお、右集団示威行進が行なわれた国道五三号線の当時の交通量は、何分間かの間隔をおいて断継的に自動車が行進隊列に対向してくる程度で(証人末吉康整の供述)比較的閑散であつたと認められる。

4  右「プロ青同」てい団のうち前記後続部隊は、行進開始地点である豊沢交差点から奈義町滝本地内高務畳店前(自衛隊旧正門前交差点の東方約四〇〇メートル)に至るまでの国道五三号線を約2.4キロメートルにわたつて行進する間に、(Ⅰ)勝英警察署奈義派出所前(豊沢交差点の西方約二〇メートル)、(Ⅱ)イソダスタジオ前(右(Ⅰ)の西方約三〇〇メートル)、(Ⅲ)原石材店前(右(Ⅱ)の西方約三〇〇メートル)、(Ⅳ)森田バス停前(右(Ⅲ)の西方約四〇〇メートル)の四か所において、いわゆるジグザグ行進ないしだ行進を行なつたが、いずれもその都度警備警官の拡声器による警告により、ほどなく正常な行進に戻つており、さほどの交通渋滞も起らず、少くとも前記並進中の警官隊が組織的な規制行動に出る必要があるような交通阻害状況は発生しなかつた。

右後続隊は、その隊列の外にいてこれを先導する二名位の指揮者の合図または指示に従つて右のようなジグザグ行進等を行なつたものであるが、被告人らが属していた旗持ち隊は右のようなジグザグ行進等を行なうことなく、時々隊列の右端に位置する者が道路中央線からわずかにはみ出して歩くことがあつたほかは、右後続隊とは別個の集団隊形をとつて、前記2で述べた状況のまま行進を続けていた。

5  同日午後四時五〇分ころ、「プロ青同」てい団が前記高務畳店前付近に至つたとき、前記後続隊が前後五〇ないし七〇メートルの距離区間においてジグザグ行進を行なつたため、三、四台(ないし多くても五、六台)の対向自動車が滞つた。そこで右てい団に並進していた前記警備警官隊の指揮者である宇野警部は、右後続隊に対し従前同様警告を発せしめるとともに、右後続隊が再三の警告にもかかわらずジグザグ行進等を前記のとおり数回繰り返していること及び同警部のこれまでの警備経験に照らして、自衛隊旧正門前(高務畳店前から約三〇〇メートル西方)交差点付近で更にジグザグ行進をはじめるにちがいないと考えられたことから、この際右後続隊の行進を指揮している指揮者二名を、道路交通法違反(道路使用許可条件違反。同法一一九条一項一三号、七七条三項)の現行犯人として逮捕しようと決意し、直ちに指揮下にある宇野中隊及び渡辺中隊を駆け足で旧正門前交差点へ先行させ、渡辺中隊(約六四名)を、いわゆる「まな板」として右交差点南側に国道に向かつて二列横隊の長い人垣に並ばせ、宇野中隊(約六〇名)を交差点北側歩道に配置したうえ、同四時五五分ころ、宇野中隊のうちの内藤小隊(約二八名)に対し旗持ち隊の分離規制を、同中隊のうち川口小隊(やはり三十名前後と思われる)に対し後続隊の指揮者逮捕をそれぞれ命令した。

右にいう旗持ち隊に対する分離規制というのは、平常から警備側において、デモ行進において起り得る混乱に対処するために、訓練の中にとり入れている規制方法のひとつであり、本件に即していえば、警官隊の一隊が旗持ち隊と後続隊との間に割つて入るのと同時に、警官隊の他の一隊が旗持ち隊の側面を押え、いわば」形に旗持ち隊を囲んだまま、これを前方に押し出す規制方法であつて、当時の現場指揮者であつた宇野警部としては、警官隊を投入して後続隊の指揮者を逮捕しようとすれば、旗持ち隊が旗竿をふるつてこれを妨害し、場合によつては双方に負傷者が出るおそれがあると考えて、右分離規制が必要と判断したものである。

6  この間に前記後続隊は、前記のとおり高務畳店前付近で五〇ないし七〇メートルの間ジグザグ行進をした後、警告に従つて漸次正常な行進に戻り、そのまま旧正門前交差点に近づいていつた(証人富田啓之、同鳥越邦泰の供述中には、旧正門前交差点付近における規制時点に至るまでジグザグ行進が続いたとの旨の部分があるけれども、右両証人は前記内藤小隊の一員として行動していたにすぎず、当時規制部隊の指揮官として現場の全体的状況をより正確に把握し得たと思われる証人宇野信行の右認定と同旨の供述に照らし、たやすく採用できない)。

また、旗持ち隊は、これらの間も前記4で述べたと同様の状況で行進を続けていた。

7  やがて「プロ青同」てい団が旧正門前交差点内に入つてくるや、前記宇野警部の命令を受けた内藤小隊は、その一部が右てい団の旗持ち隊と後続隊との間(その間隔は当時一メートル前後と思われる)に割つて入り、盾または素手で旗持ち隊を前へ押すと同時に他の一部が旗持ち隊の右側面から同様にしてこれを圧縮し、旗持ち隊全体を後続隊から分離して前方へ押し出し、この間に川口小隊が後続隊の指揮者逮捕に着手した。

8  このとき、内藤小隊に所属する富田啓之巡査は、他の小隊員とともに旗持ち隊と後続隊との間に割つて入り、前に押されている旗持ち隊からこぼれ落ちるように遅れた被告人江川の肩、背中付近を素手で押して五、六歩前へ押し出したところ、同被告人がふり向きざまに突き出して旗竿の根元部分でみぞ落ち付近を一回突かれたため、同小隊所属の鳥越邦泰巡査部長の応援を得て、すぐさま逃げようとする同被告人を公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕した。

またそのころ、右小隊所属の小椋賢二巡査は、やはり旗持ち隊と後続隊との間に割つて入り、縦約一メートル、幅約五〇センチメートルの盾で旗持ち隊の後部の者を前方へ押していたところ、警官隊が規制に入つたことをいち早く知つてこれに抗議するため旗持ち隊の前部から走つて来た(この点は被告人鵜野の当公判廷における供述による)被告人鵜野から、その当時同人が所持していた旗竿様のものでヘルメツトの上から頭部を一回叩かれ、すぐさまその場から前方へ逃げようとする同被告人を、渡辺中隊所属の仁子雅典巡査部長ほか一名の警官の応援のもとに、公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕した。なおこの間に川口小隊は後続隊の指揮者一名を前記道路交通法違反の現行犯人として逮捕している。

9  右規制及び検挙行動は着手してからわずか数分後の午後五時直前ころに終了するとともに前記通行車両の停滞もそのころ解消し、集団示威行進はそのまま若干の規制を受けながらも特段の混乱もなく更に約二百数十メートル西方の所定解散地点に至り、その付近において一部の者が渦巻き行進をして規制された程度で、ほぼ予定どおり午後五時過ぎに解散した。

二(本件職務行為の適法性及び被告人らの行為の法的評価)

前記認定した事実関係に徴すれば、被告人両名の前記両警官に対する各暴行は、外形的には警察官の職務の執行としてなされた行為に対する妨害であるということができるけれども、刑法上公務執行妨害罪によつて保護さるべき公務は、単に抽象的な職務権限に属するものというのみでは足らず、更にその当時の具体的状況のもとにおいて客観的に適法な職務行為でなければならないと考えられるので、以下この点について検討する。

1  弁護人は、そもそも後続隊の指揮者を現行犯人として逮捕しようとしたこと自体について、その必要性ないし必然性を欠くものと指摘するけれども、前認定の事実関係によれば、右指揮者らの道路交通法違反の事実は明らかであり、前記規制時点でこれを現行犯人として逮捕すること自体を特に違法視すべき理由はない。

2  しかし、本件において、被告人らの属する旗持ち隊に対して行なわれたいわゆる分離規制については、その適法性に大きな疑問があるといわざるを得ない。即ち、前記認定事実によれば、宇野警部の指揮によつて内藤小隊が行なつた分離規制なるものは、全体として明らかに相当程度の有形力を行使して、被告人らの属する旗持ち隊全員に対しその意思に反した行動を強いるものであつたことが明らかであるが、一般的に現行犯人逮捕に際し、その目的を達するために、犯人以外の者に対して右のような有形力を行使し得るか否かについて刑訴法上明文の規定はない。宇野警部は、当公判廷において警察官職務執行法第五条を根拠として主張するけれども、同条において「制止」することができる行為というのは、「犯罪がまさに行われようとする」状態におけるその行為、即ち犯罪構成要件に該当し、違法なものとなる直前の行為であり、かつそれによつて人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞がある行為に限ると解すべきところ、これを本件についてみると、少くとも本件分離規制が行なわれる直前まで、被告人らが属する旗持ち隊においては(本件審理の冒頭において検察官が釈明したとおり)、とりたてて違反行為に出た事実も認められず、従つて警備側から直接の検挙対象者と目された訳でもなく、まずは平穏といえる状態で行進していたものであつて、違反者と同じてい団に所属し、かつたまたま旗竿を持つていたからといつて、直ちに「犯罪をまさに行おうとする」者とはいえず、その行進自体あるいは旗竿の所持自体が制止の対象となり得る行為とは到底考えられないのである。

3  このように、現行犯人の逮捕のために、犯人以外の者に対し有形力を行使できることを根拠づける規定はなく、原則としてこれらの者に対する有形力の行使は許されないと解すべきであり、特に表現の自由の一類型である集団示威行進の如く憲法上保障された基本的人権にかかわる場合には、特に慎重な配慮が必要であることはいうまでもない。

これを本件についていうならば、道路交通法違反容疑者の現行犯人逮捕に際して、無用の混乱が生じるのを避けるためであれば、旗持ち隊を故意に押し出すことなしに、これと後続隊との間隙に警官隊の人垣を作り、これによつて旗持ち隊と後続隊とをしや断すれば足るというべく、(この際に旗持ち隊の最後尾の者と警官隊とが身体を触れ合う程度の事態はやむを得ないであろう)ヘルメツトや盾等によつて装備された多数の警官が投入されていた当時の警備態勢に徴すれば、右で述べたような慎重な配慮に基づく規制行動を警備側に要求することは、決して無理を強いるものではないと考える。そうだとすると、本件において、前認定の如く、」形に隊列を組んだ警官隊が、旗持ち隊の後方からこれをやみくもに前方に押し出すと同時にその側面からこれを圧縮し、これによつて旗持ち隊の行進隊形を乱したうえ、その全員をひとまとめにして場所的移動を強制するという形でなされた本件分離規制は明らかに行き過ぎであつて、許されないものというべく、これが警備指揮者の命令によつて組織的に遂行されたものであることは前認定の事実に徴して明らかであるから、これに従事した個々の警察官の個別的意図如何に拘らず、全体として違法性を帯びるものといわざるを得ない。

もつとも、このことは必らずしも常に現実の妨害行為があるまで、犯人以外の者に対する一切の有形力の行使を許さないという意味ではなく、その前後の具体的事情から客観的に判断して、犯人逮捕を妨害する蓋然性を相当高度に有する多数の者の中に犯人が入り混つているとか、爆発物を所持し、それを使用するなど極めて危険な手段によつて犯人逮捕を妨害するおそれの大きい者と常に行動を共にしているなど特段の事情がある場合に、いわゆる比例の原則を考慮しつつ、必要最小限度の有形力を行使してこれら他の者を事前に排除し得ることが、現行犯人逮捕ないし通常逮捕を認める刑訴法において、当然に予定されているものと解する余地がないではないが、本件においては右のような特段の事情があるとは到底認め難い。

4  かようにして本件分離規制自体が全体として違法であつたといわざるを得ず、従つて右規制行為に従事した内藤小隊の一員である前記富田、小椋両巡査のなした職務行為も違法なものというべく、これに対する被告人両名の前記各暴行はいずれも公務執行妨害罪を構成しない。

また、前記一の6ないし8で認定した事実関係に徴すれば、被告人両名の前記各暴行は、いずれも右違法な分離規制に対し、自己及びその属する旗持ち隊が正当に集団示威行進を継続する権利を防衛するために、とつさにとつた反撃行為と認めることができるから、正当防衛として違法性が阻却され、単純暴行罪としても成立し得ないものである。

三(結論)〈省略〉

(藤戸憲二)

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